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アラキ・クロニクル(3) 電通時代=修業時代

アタシの電通時代っつうのは、やっぱり写真の修行時代にあたるね。

晴れて電通のカメラマンになった荒木。 赤いシャツ+インドの首飾り+下駄という奇抜な恰好で会社に通っていたそうだ。 "仕事"には熱心ではなく、むしろ"私事"に傾注した。 自身の私的な写真活動のために、会社のスタジオや機材を無断借用することはしょっちゅうだった。 撮りためた写真のプリントは、画材屋「月光荘」のスケッチブックに、独自のレイアウトで貼りつけていた1

"顔"に取り憑かれていた

スクラップ写真帖

スクラップ写真帖を読んでみると、見事に顔ばかり! 顔に対する荒木の執着はすさまじいものがある。 「顔こそ現代の、人生の、凝縮である」という信念は今に至るまで持ち続けている。 還暦を過ぎてもなお<日本人ノ顔> 2をやるくらいだ。 荒木は冗談っぽく「天才は進歩がない!」と言ったりするが、キャリアの初期に得た関心を貫くことができているのは、鋭い直感と本質を見抜く目があったからだ。

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でも、電通にいたとき、[......]毎日昼間に通って撮った「八百屋のおじさん」っていうのが一〇冊、スクラップ写真帖にしてあるんだよ。銀座の裏通りに八百屋さんが来るんだけど、ヒューマニズムの頂点、ドキュメンタリー写真のお手本みたいなのを撮ってたんだよ。なんでもないおじさんなんだけど、いつもニコニコしててさ。いい笑顔なんだ。泥臭い、「さっちん」とかの名残をひいてるドキュメンタリーだよ。

「さっちん」と遊んでたみたいに、そのおやじと、「また来たな」って感じで仲良しになって入り込んで、銀座の地元の奴らとか、女の子だちとか、五時頃に店を開ける料亭の板前とかが、八百屋に買いに来るわけだよ。そういうところを撮ってる。だから、地味だけど面白いよ。一人と時間かけてつきあうと、すごく面白いんだよね。そういう努力写真はカッコ悪いってみんなに言ってるけどさ(笑)。

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中年女

電通時代の顔写真で重要なのが<中年女おんな>だ。

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午後3時頃になると、中年の女たちが銀ブラって言って、着物しておしゃれして銀座の街に出てくるわけ。それを漏らさず全部撮ってた。ほとんどノーファインダーみたいな感じで。35ミリでカメラは胸の位置のままで、「ハートで撮る」なんて駄酒落を言ってたけど、ようするにその頃から、肖像写真は平行に撮る、叩いても仰いでもダメで、なるべく相手と同じ目線で対等に撮るんだっていうね。それをプリントして切り抜いて白い紙に貼って、また複写してた。どんだけ時間が余ってるんだよって(笑)。「あいつ部屋に籠ってなんか仕事してるな」と思ったら、実はそんなことばっかりやってたね。当時、ニューヨークの広告写真で流行ったフォトスタットというカメラオブスキュラみたいな一部屋丸ごと使うような機械を、電通がいち早く買った。当時は日本デザインセンターとかいい仕事してる会社がいっぱいあったから、それに勝つには新しい機材をいち早く手に入れればいいっていうんで買うんだけど、皆は使いこなせなくて、暇を持て余してるオレがそれをイジって自分の作品を作る(笑)。その機械を使うと、背景を切り抜いて白バックにできるから、そういうふうにして実験的なことをやってたんだね。

女囚

<女囚>は丸ビルの窓にビジネスガール3の顔をはめ込んだ作品。 憧れの職場と言われた丸ビルを牢獄に見立て、そこにビジネスガールという女囚を閉じ込めたのだ。 昼休みに会社の中から出てくるビジネスガールたちを見て、まるで囚人のようだと感じたことが制作のきっかけとなった。

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地下鉄の肖像

通勤時間を利用して撮った<地下鉄の肖像>も面白い。 会社へ行くのに使っていた銀座線や日比谷線で、乗客が次第に無防備になりそれぞれの世界に入り込む姿を記録した。

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<地下鉄の肖像>をやっていたのは1963年から1972年の9年間。 つまり電通に入社してから辞めるまでずっと撮っていたことになる。 地下鉄という場所柄もあって、撮影方法も特殊だ。 ファインダーは覗かない。 大っぴらにやると相手に警戒されるし、フレーミングしたい意識が働いてしまうから。 あえて当てずっぽうにやるのが<地下鉄の肖像>の流儀だった。

  • 最初に乗るでしょ、そうするとやっぱり、こっちもそうだけどさ、むこうも乗り込んできて座るじゃん。そうすると、前の人を見る人は度胸がいいんだな。最初は中吊りとか広告を見たりするんだよ。そうするとおもむろに今度は前の人なんだ。特殊な人はスカートを、たいていこうやって(足を開いて)るから、それを見ようと。そんな感じでそのうち、見るほうもあれだけど、本読むのもなんだし。それで3つ目くらいの駅になると、もう退屈になってくる。退屈って変だけど、もう広告も見たし、前の人をあんまりじーっと見てるわけにいかないじゃない。そうするとね、自分の顔に入るっていうか、俺はそのころそう思ってたの。要するに虚無っていうんじゃないんだけど、、自分の肖像に入るんだよね。眠る人と眠らない人。目開けてても、なんか人ってのはさ、ポートレートになっちゃうような感じをおぼえたから撮ったの。最初はこういうしぐさとかなんとかね、それから前の人をじっと見てるとあくびしたりとか、目の移動とか、足の組み方とか、そういうのを撮ってたの。
  • 膝の上に本を2、3冊載っけてカメラを置くと、ちょうど顔がフレームに入る、そうやって座ってるわけ。相手は不安ですよ、撮ってんのかなって。実際、近所の交番に何度も連れてかれたけどね。お巡りに「年であなたは事件も起きてないのに写真を撮るのか」なんて写真論を言われてね、こっちは「日常の中に非日常がある」って答えて。
  • なんで事件が起きてないのに写真を撮るんだ。普通、写真っていうのは事件が起きたときに撮るもんだったことになってるんだよ。非日常を撮るもんで、事件が起きなくちゃ撮らないだろうと思っているわけです。なんでなんにも起きてないのに、なんでもない日常を撮るのかっていうことね、俺の一番やってるっていうかいちばんやりたいことをちゃんと言ってくれたんだね。だからそん時いちばん面白かったのはそれだね。

<地下鉄の肖像>を写真集にまとめようと考えていたところ、Walker Evansの『Many Are Called』を偶然古本屋で発見。 地下鉄の乗客の無防備な姿を撮った写真集だった。 Evans真似したと言われるのが嫌で、<地下鉄の肖像>の発表を断念している。

Walker Evansがニューヨーク地下鉄の乗客を撮影していたのは1936~1941年のこと。 コートにカメラを隠し、ボタンの穴からレンズをのぞかせて、トンネルに入る瞬間の轟音に紛れてシャッターを押していた。 こうして600枚以上の写真を撮りため、1966年にThe Museum of Modern Artで初めて発表した。 『Many Are Called』はこの時の出展作品をまとめたものだ。

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荒木ものちに<地下鉄の肖像>シリーズを『SUBWAY LOVE』にまとめている。 荒木曰く「Walker Evansと違うのは、社会じゃなくて人間に関心があったこと」。 確かに『Many Are Called』はハイソサイエティと労働者が混ざり合う構成になっており、社会の縮図を感じさせる。 同書の前書き(James Agee筆)もそうした見方を強く打ち出している。

New York City subway riders are members of every race and nation of the earth. They are of all ages, of all temperaments, of all classes, of almost every imaginable occupation....Each, also, is an individual existence, as matchless as a thumbprint or a snowflake.

もう一つ言わせてもらうと、Walker Evansが隠し撮りなのに対して、荒木は最初からカメラを見せ、相手にその存在を意識させる手法をとる。 荒木は撮られているんじゃないかと自覚した人の顔に魅力を感じている。 写真を撮ることを自意識し、写真を撮られることを他意識させて、シャッターを押す。 そういう「肉眼戦」こそ、一番の写真修行になるのだ。

誰に見せるか、どう見せるか

実験的かつ刺激的な写真を撮る一方で、それをどのように見せるかということにも腐心した。 「撮って見せるところまでが写真の行為」「見せないんだったら撮らないのと同じだ」という発言からもわかるように、荒木は見せるプロセスを重視している。 ここでは1970年に取り組んだ3つの試みを紹介する。

ゼロックス写真帖

『ゼロックス写真帖』は荒木が初めて作った写真集である。 スローガンは「自分だけの70年安保」「政治は弱いから性事をやろう」。 安保運動に揺れる時代の空気に煽られたこと、60年安保のデモ不参加の負い目があったことが制作の動機になっている。

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70年ということで限定70部、全25巻が編まれた。 作り方も非常にユニークだ。 人事部文書課の女性社員に頼んで、ゼロックスコピー機で写真を複写してもらうのだ。 コピーすると顔がかすれたり背景が飛んだりして、マン・レイのソラリゼーションを彷彿とさせる画面に仕上がる。 できあがったコピーをまとめ、黒のラシャ紙を表紙として、赤い糸で和綴じする。 写真帖の最後には製本を手伝った人々の名前がクレジットされている(コピー=のちの妻・陽子、和綴じ=実弟・和雄)。 このブックデザインは旅行先の京都で購入した『往生要集』を参考にした。

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できあがった『ゼロックス写真帖』を知人、著名人、見知らぬ人4に送りつけた。 同封されたメモ書きには荒木の抱負が表れている。

学習オナニー自己宣伝ゲイジュツサギョーのための写真帖を発刊します。
手紙ください。

荒木はやけくそで送り先を決めたのでない。 著名人の宣伝効果(ラジオで喋ったりテキスト内で言及したり)を期待したのだ。 現に永六輔や寺山修司は面白がってくれて、「次も楽しみにしています」との返事をもらったことが励みになったという。

カルメン・マリーの真相

銀座・檪画廊で開かれた個展「シュールセンチメンタリズム宣言2 カルメン・マリーの真相」は、大型の女陰写真を並べる挑発的な内容だった。 見る者を女陰の宇宙にトリップさせることが荒木の狙いだった。

大股開きの写真をB全のパネルに伸ばして並べた。見る奴の頭を鬼頭にして、その大きさにあうように女陰の写真を伸ばしたの。頭ぶつけて見るようにって言ってたんだけど、誰もやらなかったね(笑)。

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「シュールセンチメンタリズム宣言2」というが、例のごとく「1」があるわけではなく、

  • 写真は現実の二番目のこと、二番手、二番煎じである
  • 自分は超二流の写真家である

という意味が込められている。

キッチンラーメン

写真を発表するのはギャラリーでなくてもいい。 どこでだって写真を見せることはできる。 この考えから生まれたのが「キッチンラーメン」の連続写真展である。

キッチンラーメンは銀座にある荒木行きつけの中華料理屋。 「食欲と性欲を満たす」というのがコンセプトで、ヌードや女陰写真を壁一面に飾った。 キッチンラーメンの客は否が応でも荒木の写真を見ることになるので、ある意味暴力的な展示方法と言えるかもしれない。 店主が理解のある人で、アンチ荒木の妻を説得し、好きなように写真を置かせてくれた。

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関連項目

ソース

  • 荒木経惟『ゼロックス写真帖 第2巻 矢口栄三郎』私家版 1970
  • 荒木経惟『男と女の間には写真機がある』白夜書房 1978
  • 荒木経惟『荒木経惟写真全集 第1巻 顔写』平凡社 1996
  • 荒木経惟『荒木経惟写真全集 第13巻 ゼロックス写真帖』平凡社 1996
  • 荒木経惟『荒木経惟写真全集 第15巻 死エレジー』平凡社 1997
  • 荒木経惟『天才になる!』講談社 1997
  • 荒木経惟『ARAKI by ARAKI』講談社インターナショナル 2003
  • Walker Evans (2004). Many Are Called. Yale University Press.
  • 荒木経惟『写真ノ話』白水社 2005
  • 荒木経惟『SUBWAY LOVE』IBCパブリッシング 2005
  • 荒木経惟『月光写真』スイッチ・パブリッシング 2019

  1. 電通時代に制作していたスクラップブックは『月光写真』で見ることができる。 

  2. 日本の各都市に赴き、現地で暮らす人々の肖像写真を撮るシリーズ。 2002年に始まり、これまで 大阪、福岡、鹿児島、石川、青森、佐賀、広島の1府6県で実施されてきた。 被写体は公募で集められるが、荒木自身はその選考に関与していない。 「誰であれ来た人を撮る」をモットーに、1日100人にもなるハードな撮影をこなした。 

  3. 今で言うところのOL。 

  4. 電話帳から送り先をランダムに決めたそうだ。 


最終更新日: 2024-07-17