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再見!アラーキー(2) バルコニー

荒木が住んでいたマンション"ウィンザースラム豪徳寺"には、広いバルコニーが備わっていた。 1982年に引っ越してきた時からずっと、このバルコニーは荒木の仕事場だった。 荒木が「写場しゃば」と名付けたバルコニーからは、数々の名作が生まれている。 残念ながらウィンザースラム豪徳寺は2011年に取り壊しが決まり、思い出のバルコニーも今はもうない。

幸せの舞台

引っ越してすぐにバルコニーの床にペンキを塗った。 写真の中ではしゃいでいるのは、遊びに来た荒木の姪っ子たちだ。 下町育ちの子どもにとって広いバルコニーは珍しく、飛んだり跳ねたりして喜んでいる。

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豪徳寺のマンションは陽子さんとの愛の巣であり、バルコニーは幸せの舞台となった。

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パラソル付きのテラステーブルで食事をとったり、ベランダに出て日光浴をしたり。

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妻亡き後は廃墟

バルコニーは妻亡き後も仕事場であり続けたが、陽子さんが暮らしていた跡は次第に朽ちていき、荒木をセンチメンタルにさせた。 そこはまるで打ち捨てられた廃墟であり、墓地であった。

陽子さんの遺影を見つめるチロ。

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陽子さんが手入れをしていた百合は枯れてしまった。

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陽子さんが好きだったミモザ。

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陽子さんが死んでから荒木は空を撮るようになった。 空は毎秒変化するからいくら撮っていても飽きないと言う。 「妻が逝って、私は、空ばかり写していた」と述懐しており、この頃の写真は「空景」シリーズとしてまとめられている。 荒木はモノクロームのプリントにカラーインクでペイントすることがあるのが、このペインティングの始まりが「空景」シリーズだ。

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  • 会場の壁がコンクリートの打ちっ放しで、モノクロームの写真ばかりじゃあまりにも淋しすぎるかなーっと思った。それに出来上がったモノクロのプリントを見てたら、色を塗りたい、色が欲しいっていう衝動にかられたんだね。
  • 写真をモノクロームで撮るっつうのは、死体っていうか仮死状態にするっていうことなの。それにペインティングするのは再生させるっていう気持ちがあるのかもしれないっていうか、再生させる気持ち、生き返らせるっていう気持ちなの。

奇妙なオブジェの生息地

豪徳寺のバルコニーには奇妙なオブジェがたくさん置かれてる。 確認できる限りで、ゾウ、ヘビ、カニ、イグアナ、エリマキトカゲ、スピノサウルス、果てはゴジラまでいる! 爬虫類系のオブジェは花や女体とコラボレーションすることもあるので、見つけてみてほしい。

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ロバート・フランクとのセッション

最後に『The Americans』で知られる写真家ロバート・フランクを自宅に招いた時の写真を紹介しておく。 荒木とロバート・フランクは互いにリスペクトする仲だった。 1992年、荒木は限定1部の写真集『クルマド・トーキョー』を制作し、フランクに贈っている。

フランクが来日した時(なぜか)お土産にメジャーをもらったので、せっかくだからそれを使いながら撮影しよう!という図。

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荒木のトレードマークである下駄を履いてもらって撮ったポートレイト。 足元の水たまりはフランクが「この方がいい」と言ってこぼしたものだそうだ。

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関連項目

ソース

  • 荒木経惟『荒木経惟写真全集 第11巻 廃墟で』平凡社 1996
  • 荒木経惟『ARAKI by ARAKI』講談社インターナショナル 2003
  • 荒木経惟『写真ノ話』白水社 2005
  • 荒木経惟『愛のバルコニー』河出書房新社 2012

最終更新日: 2024-07-17