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再見!アラーキー(4) 東京

荒木経惟は東京の写真家である。 自ら東京の街を練り歩き、風景を撮り続けてきた。 東京生まれ・東京育ちの荒木にとって、東京は一番身近な被写体だ。 高齢になった現在も散歩を日課としており、自宅周辺の撮影は欠かさない。

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荒木の写真集には「東京〇〇」と題するものが多い。 パッと思いつくだけでもこんなにたくさんある!

『東京は、秋』 『東京物語』 『東京日記』 『TOKYO NUDE』 『東京ラッキーホール』 『東京コメディー』 『東京猫町』 『Tokyo Love』 『東京日和』 『東京人生』 『東京観音』 『東京ノスタルジー』 『東京暮情』 『東京エロス』 『東京緊縛』 『東京愛情』 『東京ゼンリツセンガン』 『東京ホーシャセン』

東京は、秋

東京写真の端緒となったのが<東京は、秋>。 エロ方面での目に余る仕事ぶりで上司から呼び出しをくらい、電通を退社することになった荒木。 退職金で購入したアサヒペンタックス6×7に三脚を付け、"トーキョー・アッジェ"と称して東京の街を撮り歩いた。 荒木が撮った街並みは今はもうなくなってしまったものばかり。 『東京は、秋』は昔の東京の姿を知れるという点で意義深い写真集だ。

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この本は構成も面白い。 個々の写真に解説が付いているのだ。 解説は荒木と陽子さんの対談形式になっており、東京に対する荒木の想いや陽子さんの鋭いコメントを楽しむことができる。

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夫 ■ この看板もすごいよ。日活のロマンポルノ始まってすぐの頃だよな。今は出しちゃいけないとかで、こういう絵なくなったから。こういうのこそ面白いのにさ。これがデパートの上だよ。一つの建物でメチャクチャになってるのが好きなんだな。「これなんじや?」という感じが。
妻 ■ 上野ってのは文化的な街なのに、こういう部分がケバケバしいですよね。
夫 ■ それは上野の杜だけ。ここの映画館全部入ったけどね。
妻 ■ 空をトバスでのはやはり何かあるんですか。
夫 ■ わざと真っ白にしてるのは、書割っていうか、全部がもう一枚の板、そういう風に撮っちゃってるんだね。これは背景で、やはり主役は自分でという、そういう感じ。こういう街を主役にさしてなるもんか、ってのが自分にあるかもしれない。

看板の文字や壁のしみといった街のディティールは、荒木を惹きつけてやまない。

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荒木が他でもない秋を選んだのには理由がある。

何故秋の日射しがこう好きかっていうとね。秋近くから空気が澄んで来るだろ。遠くまでみえるわけ。それと木が枯れだしてくる。そうすると街が見えてくるわけ。建物の膚は女の膚と同じでき。要するに街の木ってのは衣服のようなものなんだよ。それが裸になって街膚を見せてくれる。柔膚じゃなくて……。だから秋から冬にかけてだと良くて、春だとモヤーっとしてくるからダメ。良くみえるときに良く見て撮る。

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「東京は、秋」というタイトルには荒木のこだわりがある。 当初は「東京の、秋」というタイトルを考えていたが、撮った写真を見返していたら「東京は、秋」の方がしっくりきたと言う。

  • 要するに、知らず知らずのうちに、強がってたけど、電通辞めてフリーだなんて、アートだとかって強がってたけど、結局淋しかったか切なかったか、そういうのが写っちゃってんだよ。だから、「東京の秋」を撮ったんじゃなくて、自分の気持ちが東京を彷徨うことによって、その街にバラされちゃってるわけ。そういう、これは写真集だよね。だから、撮ることとね、人生とが、同しだっていう感じがすんの。
  • やっぱり、なーんか、そんときそんときの、無意識がさー、考えないでやってるとね、出ちゃうんだよね。写真撮ることによって、そんときの自分がバラされちゃうっていうことですね。そのときに、「そうじゃない!」って言い張ってても、やっぱ、出ちゃうんですよ。ていうような感じのときの写真だね、これは。

東京日和

『東京日和』は荒木の写真と陽子さんの紀行文から成る作品集。 東京の街に繰り出し、映画や美術館、飲み食いを楽しんだことが記録されている。 もとは雑誌の企画だったのだが、陽子さんが子宮筋腫を患い入院することになったため、わずか3回の連載となった。

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前半は連載の再録で、後半は陽子さんの死後思い出の土地を再訪した時の写真が収められている。

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東京物語

『東京物語』が出版されたのは1989年、昭和が終わりを迎えた年だ。 「物語性」「小津映画のように淡々とした感じ」を出したかったと言う。

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表紙にもなった渋谷109の写真。 荒木曰く「ノーパンのマリリン・モンロー。だれも見上げない。」

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東京ラッキーホール

東京の"俗"を露にしたのが<東京ラッキーホール>。 編集者・末井昭と組んで、新風営法施行(1985年)前の新宿歌舞伎町を撮影した。 「歌舞伎町は巨大なブラックホールである」とは末井の言だが、その言葉に偽りなし。 この写真集は風俗店の無法地帯っぷりを余すところなく伝えている。

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ラッキーホールとは、ベニヤにあけられた穴のことだ。店内はベニヤ板で仕切られた個室が並んでいて、人口はカーテンで塞がれている。お客さんはこの中に入り、スポンを降ろし、ベニヤに取り付けられた手摺につかまり、体の大事な一部分をその穴に入れる。
ベニヤの向こうには、(たぶん)女の人がいて、穴から出てきた男性器をマッサージする。私は、このラッキーホールの話を聞いたとき、そのアイデアに驚いた。これこそ未来のセックスの形態ではないかと思った。

ベニヤには、アイドルの写真が貼ってあって、その首から下は、トイレの落書き程度のイラストが描かれている。お客さんは、手摺につかまって、このアイドルの写真を見るのである。これにヘッドフォンで女の人の声が聞こえてきたら、バラバラに入ってくる視覚、聴覚、触覚を、頭の中でひとつにまとめる想像力のセックス、セックスのシミュレーションだと思った。これはナウいと、私は思ったのだ。

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歌舞伎町が巨大なプラックホールだと思ったのは、最初にラッキーホールに行ったときだった。何もない、ただベニヤにあけられた穴のために人が集まってくる。たぶん、歌舞伎町とはそういう町ではないのだろうか。歌舞伎町には何もない。ただ巨大なエネルギーがあるだけなのだ。

東京観音

交流のあった杉浦日向子(作家・漫画家)と東京を歩き回り、仏像を見つけては激写する企画をやったことがある。 この時の写真をまとめたのが『東京観音』だ。

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威厳のあるものからファニーなものまで、様々な観音の姿を見ることができる。 街中に突然ニュッと現れ、他を寄せ付けぬ存在感を放つ仏像は、さらがら東京のオブジェである。 普段見過ごすようなところにこそ面白いものがある、というのは荒木の変わらないスタンスだ。

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「こうやって歩くと、おもしろいねえ。いろいろあって、はまっちゃうよ。なんてことない片隅にあるやつとか、みんなそれぞれいいんだもん」
「これはたしか法真寺の入り口にあったんでしたよね。でも仏さまたちみんな喜んでますよ、たぶん。みんないつも目の前を通り過ぎていくだけで、こんなにしっかり見てもらえるなんて、きっとめずらしいことだから」

不思議なもので、荒木の写す東京は「見たことある」ような気がしてならないのだ。 「ここ、通ったことあるかも?」と、写真の中に街区表示板を探してしまうこと多々あり。 荒木の東京写真は、撮影地こそいろいろだが、我々が認識する景色の表象というか、風景の抽象みたいなものが表れていると思う。

従来の写真家の基準から言うと、全くダメな記録作家になるわけよね。線路はこうなっていましたよとはっきりわかるように撮る方が、あとの人にはわかり易いわけよ。 ところが、なんだか、どこだかわからない、そういう撮り方をしてる。どこだかわからなくてもいいわけよ。東京のどっかが出るだろう、それでいいわけ。

東京はスクラップ&ビルドの街。 荒木が写した景観はほとんど残っていないだろうと思うと、ノスタルジックな気持ちになる。 しかしながら、東京に向き合ってきた荒木の信条は決して古びない。 わざわざ被写体をこしらえなくたって、そこら中にあるじゃないか! それを見つける目さえあればいいのだ。

関連項目

ソース

  • 荒木経惟『東京物語』平凡社 1989
  • 荒木経惟『東京ラッキーホール』太田出版 1990
  • 荒木経惟, 荒木陽子『東京は、秋』筑摩書房 1992
  • 荒木経惟, 荒木陽子『東京日和』筑摩書房 1993
  • 荒木経惟, 杉浦日向子『東京観音』筑摩書房 1998
  • 荒木経惟『写真ノ話』白水社 2005
  • 荒木経惟『暗箱』スイッチ・パブリッシング 2023

最終更新日: 2024-07-17