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再見!アラーキー(6) 花

愛する妻の死は、荒木にとって喪失でもあり、ギフトでもあった。 陽子さんの死後、「空」、そして「花」という新しいモチーフに取り組むようになったのだ。 荒木自身、写真家人生における"一回戦の終わり"は陽子さんの死だったと認めている。 パートナーの死すら糧にして進み続けられる者でないと「写狂」はつとまらない。

彼岸花

花にまつわる荒木の原風景は、浄閑寺の八重桜だ。

あたしの家のお墓は三ノ輪の浄関寺にあって、投げ込み寺で有名なとこなんだけど、そこにあるうちのお墓に八重桜がば一って咲くんだよ。近所の人もよく知ってて、お花見は荒木家のところでするって決まってたの。そう、染井吉野じゃなくて、八重桜。なかなかしつこくて、いやらしくて、下町のババアみたいな感じの花でね。まだまだ私いけますよ、なんて感じで咲いてるわけだよ。すすけた桃色、汚れた腰巻色で(笑)。うち墓の隣に井戸があんだけど、これが平井権ハが誰かの首切った後に洗ったとこで、その井戸の上に蓋をして、近所で持ち寄った料理をのせてみんなで宴会したんだよ。だからあたしの場合はね、花っていうと桜、八重桜なんですよ。あそこから花がはじまってんだよ。

花に専心した最初の仕事は<彼岸花>。 浄閑寺の墓に供えられた彼岸過ぎの花を、モノクロ+白バックで撮った。

  • 彼岸の日を1週間すぎた頃の枯れかかった彼岸花になぜか魅かれて、背景を白いボードで無にして昼から暗くなるまで写し続けていた。きっと人生のエロスとタナトスを感じたからだろう。
  • なぜ白バックかとゆーときっと日常ではなく無常にしたかったのだろう。

1973年の個展「廃墟に花」(シミズ画廊)で発表した。 <ペッチャン・コーラ>と共に、ハガキの大きさにプリントして何百枚も並べた。 この頃からアンディ・ウォーホルばりにコンセプチュアルなことをやっていた。

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近景

本格的に花に取り組むことになったのは、<近景>(1991)からだ。 陽子さんが亡くなり独りになった荒木は、自宅バルコニーで残された物を撮り始めた。 陽子さんが大切にしていた花々は、手入れしてくれる人を失ってみるみるうちに枯れていった。

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喪に服しながら撮影する荒木のアシスタントとなったのは、チロとヤモリンスキー。 チロが獲ってきたヤモリが干からびてミイラになるとヤモリンスキーになる。

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色景

<近景>から一変、<色景>で鮮やかなカラー写真を発表した。 <色景>を始めた心境をこう語っている。

  • 一周忌に、セルフポートレイトをヨーコのアマンドピンクのコートを着てバルコニーで、柿の木を背景にヨーコの遺影と写した、カラーで。この日から、私の〈色景〉がはじまった。
  • モノクロの花が悲しすぎるのでカラーに変え、近景を色景に変えた。

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白バックで撮った<彼岸花>とは対照的に、<色景>では原色バックが多く用いられている。

色を使うと格調のない感じになる。白バックだと精神性みたいなものが出るんだけど、背景に色を使うと、花が動物的な感じになるんだよ。

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良い意味で荒木らしくない作品。 こんな光に満ちた淡い色合いの写真も撮れるなんて! 荒木の引出しの多さを見せつけられた気分だ。

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花淫

<色景>以降、カラー&アップの花写真が増えてくる。 <花淫>では、同じ写真をカラーとモノクロで撮って並べるという面白い試みをやっている。

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こうやって見ると、モノクロの方は百合の花弁の筋まで露にしていることがわかる。

モノクロの写真って、死の匂いがすごく濃厚に漂っている。だからこそエロティシズムを強烈に感じるんだね。

カラーとモノクロを並べた写真は別の楽しみ方がある。 モノクロ写真を見て元のカラーを想像するのだ。

モノクロームの写真って、どうしても静けさとか暗さとか、光と影でいうなら"影”に、陰と陽でいうなら"陰”にフォーカスしているように思われがちだけど、写真の原点は白黒だったわけで、そのモノノロ写真を見て、「あ、この唇は真紅だな」「この花の色はピンクかな」とか、そういう想像力を働かせるのが大事なんだ。自分の想像力をもって、写真と対話していくとかさ。それができる写真がいい写真だと、アタシはかねがね思ってるんだよね。

荒木の花写真がユニークなのは「時間を写している」からだ。 生き生きとした花が枯れていく、その過程に関心を持っており、「枯れた状態の方が写欲をそそられる」とまで語っている。 『徒然草』の精神「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」を実践する男なのだ。

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  • だからアタシは、ただ綺麗だから花を撮るんじゃなく、花が持つエロスや、花の中にある物語、生と性と爛熱と類廃の、その過程を撮っているんです。
  • 面白いねぇ。腐りかけの、枯れかけの花の方が、満開のピンピンした花より、ずっとエロティックなんだから。

花曲

リングストロボで花を接写した<花曲>は異様というほかない。

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アップの花写真は迫力があるだけでなく、荘厳な、神聖な感じがする(黒バックがそうさせるのか?)。 <花曲>シリーズが収められた同名の写真集は、すべて見開きというゴージャスな装丁になっており、花に陶酔する感覚を味わえる。

花情と色情花

<花曲>は全編アップの構図なのに対して、<花情>は比較的引いた構図が多い。 花々のアンサンブルを見せることに主眼が置かれているように思う。

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<花曲>との比較でもう一つ、<色情花>を紹介しておきたい。 まずは写真を見てほしい。

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何をしているかと言うと、花に直接絵具をドリッピングしているのだ。 <花曲>と並べて見てみよう。

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写真から離れて純粋な絵を描いた<花画>。 荒木絵の特徴は自由な色使いとのびやかな筆致だ。

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筆技は荒木を傑出したアーティストにしていると、個人的に思っている。 写真家 兼 画家 兼 書家 なんて逸材、荒木以外にいない。 並の写真家は写真の領分だけで勝負しようとする。 写真家の範疇を軽々と飛び越えてしまうからこそ、荒木は天才なのだ。

楽園

近年精力的に取り組んでいるのが、花束の中に種々の人形を並べた<楽園>シリーズだ。

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こういうエロティックな人形はどこで手に入れるんだろう?(笑)(贈られてくることもあるらしい)

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モノクロとカラーを行ったり来たりするのが荒木の写真家人生。 <楽園>も例外ではない。

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花の町

上で紹介してきた写真は室内とかバルコニーで撮られたものだった。 これに対して東京の景観に潜む花にフォーカスしたのが『花の町』だ。

問題、ここはどこでしょう?

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正解は早稲田大学前(ヒント:バックに映っている奇妙な建物)。 知っているところが写っているとうれしい。

第二問、どこに花があるでしょう?

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正解は女性の抱えている花束。 この写真集のおかげで街中で花を探すようになった。

関連項目

ソース

  • 荒木経惟『近景』新潮社 1991
  • 荒木経惟『色景』マガジンハウス 1991
  • 荒木経惟『花曲』新潮社 1991
  • 荒木経惟『花の町』河出書房新社 1996
  • 荒木経惟『荒木経惟写真全集 第17巻 花淫』平凡社 1997
  • 荒木経惟『百花乱々展 メイプルソープ&アラーキー』アート・ライフ 2001
  • 荒木経惟 著 梶川由紀 編『花人生』何必館・京都現代美術館 2002
  • 荒木経惟『楽園は、モノクローム。』アダチプレス 2015
  • 荒木経惟『愛バナ アラーキー20年ノ言葉 2001-2020』講談社 2021

最終更新日: 2024-07-17