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浮世絵の歴史(8) 役者絵の系譜 一筆斎文調と勝川春章

鈴木春信の死を境に浮世絵は写実主義に傾いていくのですが、それは役者絵も例外ではありません。 「役者似顔絵」ブームの火付け役となったのが 一筆斎文調いっぴつさい ぶんちょう勝川春章かつかわ しゅんしょうです。

一筆斎文調

一筆斎文調は役者の容貌を個性的に描いた絵を発表し、それまで鳥居派が 独占していた役者絵の世界に新風を吹き込みました。

『絵本舞台扇』は役者似顔絵の先駆的な作例です。 扇形の中に役者の上半身を収めるという大胆な構図で描かれています。 文調と春章の合作で、全106図のうち文調が女形57図、春章が敵役49図を担当しました。 『絵本舞台扇』は1000部を売りつくし再販までされたそうです。

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文調の人物画は痩身ですがいくらか丸みがあり、役者の柔らかい動きがよく表れています。 顔立ちとしては細く小さな目が特徴。 女性像は鈴木春信の影響を色濃く感じます。 絵のサイズは細判(約33×15cm)がよく使われました。

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役者似顔絵で春章に先んじる活躍を見せますが、より写実的な春章に人気が傾くと、役者絵や美人画の制作をやめてしまいました。

勝川春章

勝川春章は役者似顔絵と肉筆美人画ですぐれた功績を残しました。 宮川春水を師にもち、勝宮川 → 勝川を名乗るようになります。

役者似顔絵においては文調との合作『絵本舞台扇』を発展させ《東扇》を制作しています。 絵を切り抜いて扇の骨に貼れば「推し」グッズの完成です。 お気に入りの役者をいつでも眺められる実用的なアイテムでした。

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春章は役者の個性を誇張せずおおらかに描きました。 明快な色彩も見所の一つです。

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個人的に好きなのが大きな柄を配した着物姿の役者絵です。 役者の姿を真正面からとらえる表現は珍しく、四角形を重ねた図像も相まって一度見たら忘れられません。

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春章は舞台外の役者の姿も絵にしました。 推しの裏の顔も見たくなるのがファン心というもの。 楽屋での役者を描いた作品は庶民のニーズをがっちりとらえました。

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老年になると版画制作は弟子に任せ、宮川派の伝統を継承する肉筆美人画絵師となりました。 肉筆画の技量は浮世絵師中第一級との呼び声高く、その卓越した腕前は「春章一幅値千金」と当時から評判を得ていました。 《婦女風俗十二か月》は春章の非凡な力量を示す傑作です。

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《雪月花図》は平安時代の才女に見立てた江戸美人を描いた作品。 3図で1組を成す三幅対という形式で、左から清少納言、紫式部、小野小町です。 元ネタとなった逸話と合わせて鑑賞してみてください。

  • (左)雪: 『枕草子』のエピソード。清少納言は中宮定子に雪景色を見せる際、「香炉峰の雪は簾をかかげてみる」という白楽天の詩を引用しました。
  • (中)月: 近江国石山寺にこもって『源氏物語』を執筆するさなか、紫式部が琵琶湖に映る月を眺めています。
  • (右)花: 百人一首にも収録されている小野小町の和歌「花の色は うつりにけりな いたづらに 我身よにふる ながめせしまま」に着想を得ています。

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春章は勝川派を開き、 春好しゅんこう春英しゅんえい といった弟子を育てました。

勝川春好

勝川春好は「大顔絵」と称される役者大首絵で知られています。 勢いある描線で顔だけが描かれた絵は見る者に強い印象を残します。 現代でいうところのブロマイドのようなものでしょう。 大顔絵の大胆な構図は東洲斎写楽に影響を与えたとされています。

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春好は中風で右手が効かなくなり役者絵をやめてしまいます。 その後は左手で洒落本を描くなどして細々と作画を続けました。

勝川春英

勝川春英は「地潰しに役者一人」というスタイルの細判役者絵を描きました。 仮名手本忠臣蔵に取材したシリーズや、所作事(歌舞伎舞踊)を描いた《おし絵形》シリーズが知られています。

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春英は役者の動きを柔らかな線でとらえ明るい色彩で仕上げました。 どこか軽妙でユーモラスな風情は春章や春好にはない春英の持ち味です。

この頃役者絵の世界は競争が激しく、春英は写楽や歌川豊国・国政らとしのぎを削りました。 歌川派が人気を集めるようになると役者絵の制作はやめ、武者絵や相撲絵など他のジャンルに移りました。

関連項目

ソース

  • 稲垣進一 編『図説浮世絵入門』河出書房新社 1990
  • 小林忠(監修)『カラー版 浮世絵の歴史』美術出版社 1998

最終更新日: 2024-07-17